親子3人でなんとなく母子家庭やってます!😳😱😓

離婚を経て母子家庭になって早数年。頼れる親族がいない中、子供二人とそれなりに楽しく生活をしています。そんな他愛のない日常のつぶやきです。

その日に食べるものにも困り、米を食べることもままならなかった婚姻時代

今は令和の時代ですが、婚姻当時はまだ平成でした。それでもまだまだ最近ですよね平成って。今回は平成の時代か?と言うお話を…。

 

 

婚姻時代、我が家の家計は常に火の車…をとっくに通り越し、燃え尽きてると言っても過言ではない状態でした。

 

その原因は

  • 働かない元夫(働き始めると決まって、『俺倒れる』発言)
  • 嗜好品ばかり買う元夫(なくても生きていけるし、私は困らない)
  • お金にだらしない癖に、私の稼ぎを含めて管理したがる元夫(いうことを聞かないと手が出ます。私が痛い思いをするので、仕方なく・・・)

このあたりにあったと思います。

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そんな状況の中で、ついにお米すら買えなくなりました(´;ω;`)

近くのお店に、小麦粉が700g 105円(まだ税率5%でした)で販売されていたので、主食は小麦粉になっていました。

 

小麦粉をこねて、パンや水団、お好み焼き、たこなしたこ焼き、餃子の皮、うどんまで作ったこともありました。

お米は貴重品となり、2~3日に1食くらいの頻度に減らさざるをえませんでした。雑炊にして強制的にご飯を増やすことも日常でした。

私は、子どもを最優先に白米をあげていました。が、夫はお代わりをします。

私の分は、ほぼなしです(# ゚Д゚)…。この時ばかりは、『働かざる者~』のフレーズが頭を駆け巡りました。

 

そんな生活をしていたためか、妙に小麦粉の扱いがうまくなったような気がします。

今では餃子の皮も、うどんも買ってきた方が早いので作ることはありませんが、パンやお菓子類は時々作っています。

これは元夫のおかげかもしれません(;^_^A

 

 

それにしても、このころの食生活は貧しかったと思います。

  • まず、お金がない。
  • 次に安いスーパーが近隣にない。(徒歩ではいけない距離でした)
  • 100円ローソンで購入することが多かったです。(今もあるかな?)

なので、食材にも限りがあり、当然バリエーションも限りがありました。

 

そんな中でも頑張って工夫していたつもりなのですが、食卓におかずが3品くらいですと「え~~~たったこれだけ???」と、毎日のように元夫は文句をつけてきました。

 

「なら、もっと材料が買えるように働きに行け!!!」

って言ってやりたかったですよ。ですが、余計なことを言うと、まためんどくさいことになるので、この言葉はぐっと飲みこみました…。

 

 

人一倍食べる上に、人一倍文句の多い元夫。

一丁前のことを言いたければ、一丁前のことをしてからにしてほしいものですね。

 

元夫自身は、夫としてのこと(働きに行くこと)も、主婦としてのこと(家事育児)もほぼしてくれていませんでした。大きな子どもと同じ…いやいや、子どもよりかわいくもないし(笑)自分のこともほとんど一人ではできない(すぐ「あれ取って」「これ取れ」と人を使うの)で、子ども以下ですね。子どもだって保育園に行くということができていましたので!!

 

それなのに維持費だけはやたらかかる元夫。

でも、お金は全く生まない。(子どもはいるだけで児童手当が入りますからね。)

 

なんでこんな人と結婚してしまったのか…人生最大の過ちです。

 

とは思うのですが、この人と結婚しなければ子どもたちが誕生しなかったのも事実であります。子どもたちは、父親には似ずとても素直に育っています。2人とも落ち着いており、どちらかと言えばおっとり系です。心優しく育っていると感じています。

 

離婚できてよかった・・・

 

上の子ちゃんは、小麦粉時代も乗り越えています。一時期 食に対して貪欲だったころもありましたが、今はそれも落ち着いています。

女子と言うこともあって、いまだに食べることは好きなのですが…💦

 

下の子君はまだ乳児だったので、食に対するトラウマはなかったと思います。

食にもこだわりのない、あまり好き嫌いのない子に育っています。

先日、「僕、ママが作るごはんで納豆ご飯が大好き」と、よそのママに言っていたのを聞いて、がっくりしました。それ・・・・混ぜるだけなんですけど…(;'∀')

 

今現在、お米は途絶えることなく我が家にはあります。

私自身もトラウマなんでしょうね。お米の残量には特に神経をとがらせています。

早め早めに次の米を購入します。・・・あの頃の悪夢が戻ってこないように…。