親子3人でなんとなく母子家庭やってます!😳😱😓

離婚を経て母子家庭になって早数年。頼れる親族がいない中、子供二人とそれなりに楽しく生活をしています。そんな他愛のない日常のつぶやきです。

婚姻時代 我が家が極貧になるまでの記録②

 

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 ↑こちらの続きです。

 

目次

 

元夫、仕事を辞めてくる

私が仕事を復帰してから約10か月、元夫は仕事を辞めました。

さんざん私の仕事と収入を馬鹿にしていた元夫はこの時無職になったのです。

理由は事実上の解雇です。

 

正社員でも解雇になるの?

元夫は正社員でした。通常では簡単にやめさせられる立場ではありません。しかし、元夫は職場での人間関係が芳しくなかったのです。

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失業給付をもらう

一応は会社都合での退職になるので、180日の給付期間がありました。

元夫からの収入はこれまでもらっていた額よりかなり下がった金額になりました。ですが、私のパート収入を足すことで親子3人で質素に生活するのであれば困ることのない金額でした。(母子家庭となった現在の収入よりも多いです。)

ところが元々金遣いの荒い元夫は、パソコン関係こそある程度は我慢するも、在宅時間が長くなったこともあって、嗜好品を購入することが増えました。

ビールに関しては日に350mL缶6本~10本は飲み、たばこもあるだけ吸っていて、無くなればその都度買いに行っていたのです。

1日中家にいるので、飲む量も次第に増えていました。

 

モラハラも絶好調の時期でしたので、私には意見を言う権利はありませんでした。再就職の話題も「うるさい!!」の一言で片づけられました。

 

 

失業給付の延長が認められた

もう、失業給付期間も終わってしまう…この先どうしようと思っていたころ、元夫から「失業給付が延長される」ことを聞きました。そして、職安には頻繁に行かなくてはならなくて大変だとも聞かされました。

 

失業給付の延長

この時代、個別延長給付という制度が存在していました。

45歳未満であり、会社都合の離職かつ、求職活動を積極的に行っていることが条件だったようです。

 

上記条件に満たない場合には、

  • 就職困難地域に居住していること
  • 職業安定所の所長が必要と認めた者
という条件もあったようですが、元夫は条件を満たしていたため、60日の延長が認められたのです。 
 
 

延長期間もむなしく再就職することもなく給付期間終了

表向きは求職活動を積極的に行っているそぶりをしていました。でも実際元夫は求人票を出すだけであって、何一つ面接はしていなかったのです。そんな状態にもかかわらず給付金をもらい続け、挙句に就職することもなく給付期間が終わってしまいました。

 

この段階でいよいよ無収入になりました。

 

元夫は焦ることもなく、就職することもなく、ニートな生活にどっぷり漬かっていたのです。(主夫でもありませんでした)

 

 

次なる作戦は社会福祉協議会の貸付金

いよいよ収入がなくなった元夫は、社会福祉事務所に行っていました。

生活福祉資金の貸し付けの相談でした。低所得者世帯、障碍者世帯、高齢者世帯が受けられる貸付制度です。

貸付なので、連帯保証人が必要ですが、無しでも年利1.5%で貸し付けてもらえます。

 

結局、これを元夫の名義で 月約15万×12か月 借りたのです。

 

 

まだまだ再就職する気のない元夫

もうここまで来たらただの怠け者です。社協からの借金までしておきながら、まだまだ就職する気配もないです。この頃は、私のクレジットカードでの買い物も当たり前になっており(セキュリティーをしっかりしてほしかったです)支払いも月とんでもない額になっていました。ですが、元夫の実家の金銭的な助けもあって何とか生活していました。

 

この頃の元夫はかなり暴力的でした。

  • 俺の実家をあてにしやがって
  • 俺の実家の金をどんだけ使わせれば気が済むんだ!お前の実家にも頭を下げろ!!
  • 金は沸いて出てくるものではない!
  • なんでそんなに金遣いが激しいんだ!

など、まるで自己紹介のようなことを私に向けて毎日のように言っていたのです。

 

 

身体的な暴力も日常的にあり、私は夫の怒りを受け止めるサンドバッグ状態でした。

 

 

奇跡の再就職

ここまでの間に短期間のバイトや就職はなかったわけではありません。ですが、いずれも2か月未満(最短1日)であったため、私の中では就職とは呼べませんでした。

 

ところがそんな元夫もついに再就職を果たしました。

 

給食を作る仕事でした。

給料は高くはありませんが、贅沢しなければ貯金はできなくても日々の生活はできます。ひとまず生活は安定します。早番や遅番もある仕事だったため、私も最大限の協力をしました。

 

この仕事の軌道に乗ったころ、下の子くんを妊娠しました。

 

この頃、元夫は真面目に仕事に行っていたので、私の妊娠には不安はあるものの、喜ばしいものでもありました。

 

そして元夫が在職中に無事出産をすることができました。

そして私は2度目の育児休暇に入りました…。

 

 

突然元夫が仕事を辞めてくる

何の相談もありませんでした。下の子くんがまだ首も座らない頃に元夫は仕事を辞めてきたのです。しかもしばらくは「長期の休みが取れた」と嘘をつかれていました。 

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またまた元夫は無収入になりました。しかも今回は、私も休暇中…。世帯収入が月に一桁万円に激減してしまったのです。(私はわずかながら手当がありました)

 

 

失業給付はもらえない

当然ですが、2年未満で仕事を辞めてしまったため、失業給付はもらえません。社協からもこれ以上借りることはできません。いよいよどうすることもできなくなったので、元夫はさらなる暴力に走ります。毎日理不尽なことを言われ続け、ちょっとしたことで怒り狂った元夫の攻撃を受けることになっていたのです。

 

本格的に離婚も考え始めていました。

 

この頃の生活は

元夫の実家に家賃と、保育料の滞納分を支払ってもらいました。家賃に関してはその後も支払ってもらいましたが、その半分は元夫がくすねていました…どこまでクズなのでしょう。

それ以外にも、水光熱費は止められる寸前の状態。水道局の人が安否確認のために何度か我が家に来たほどでした。本当はここでDV・モラハラ被害にあっている私(と子ども)を助けてほしかったです・・・(´;ω;`) これはなかなか気づかれないのです・・・。

 

お米を買うお金も無くなってしまったので、安い小麦粉を練って生活をしたこともありました。小麦粉があれば、パン、お好み焼き、水団などお腹にたまるものを作ることができるため、何とか食つなぐことができました。

 

そんな生活の中でも元夫は、嗜好品を買うことを辞めることはしないどころか、嘘をついてでも買ってくるようになってしまったのです。当然のことながら常にお金のない家庭になってしましました。

 

 

こうして我が家はお米も買えない極貧家庭になってしまったのです。

 

 

ここから先は、私が離婚に向けて動き始めた話につながるのです…。 

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