親子3人でなんとなく母子家庭やってます!😳😱😓

離婚を経て母子家庭になって早数年。頼れる親族がいない中、子供二人とそれなりに楽しく生活をしています。そんな他愛のない日常のつぶやきです。

よその地で母子家庭をスタートした私の話

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同じ母子家庭のママに少しでも参考になってもらえるように。
また、子どもたちが元気で過ごせるように。そんな気持ちを込めて…。



【目次】

【私が母子家庭を選んだ理由】

お恥ずかしいお話、私の元夫は結婚してから1年は普通に仕事をしていたのですが、職場を事実上解雇という形になってから、時折働くものの長続きしなくなりました。
働かないだけでなく、専業主夫としても全く戦力にならず、そのくせ晩酌をする・嗜好品であるタバコも吸うという非常に維持費のかかる人でした。
その上、収入0ですが大黒柱気取りをし、家庭内で威張り散らすという厄介な性格でした。
事実上、母子家庭と変わらない生活+厄介者ということで市役所の専門機関に相談。
『物理的に距離をとって、離婚をおすすめします。』
とのアドバイスで行動にうつせました。

【 いっぱい泣きました】

物理的に元夫と離れて過ごすことになった日、寂しいという感情はなかったものの、
子どもたちを父親から引き離してしまったことによる罪悪感が強く、
ひたすら上の子ちゃんに「ごめんね」を連呼しながら泣きました。
当時6歳だった上の子ちゃんは、状況を把握していたので『パパとママが離婚する』ということを止めることもありませんでした。
それがかえって申し訳なくて、謝り続けました。

上の子ちゃんの一言で我に返る

そんな母親の姿が見るに堪えなかったのか、上の子ちゃんが一言。
「ママ、そんなに謝らないで!私が困っちゃう!」

ハッとしました。
良かれと思っていた行動が、上の子ちゃんを苦しめていたのかと…。

その日を境に、子どもたちの前で泣かないように決心しました。
でも来る3月、卒園式では泣いちゃうんだろうな~😭

その卒園式を迎える下の子君も、当時の上の子ちゃんの年齢になりました。
ですが、同じ状況になっても上の子ちゃんのようなことを言うかどうかは怪しすぎる…。
なんせ自由人なので。


【幼いころから住み慣れた土地を離れました】

離婚成立させるための引っ越し

離婚を成立させるためには、仕方のないことでした。近場で避難したところで、見つかってしまえば元夫が転がりこんでくるのは目に見えていました。
それではまったく意味がないため、心底納得はいかなかったのですが(なぜ私たちが住み慣れた土地から離れなければいけないのか、元夫のほうを何とかしたらよいのに…とか)
引っ越しを決意しました。

離婚成立したら故郷に帰る!

県外に引っ越したため、若干の文化の違いや言葉の違いに戸惑いました。(同じ国なんですけどね。)
方言も嫌で、早く地元に戻りたいと思っていました。離婚が成立したら、必ず帰ってやると思い続けていました。

仕事探し

引っ越し当初は、離婚が成立したら故郷に帰るつもりでいましたので、派遣や期間が定まっているバイトを探していました。

派遣

最短1か月の派遣で働いたことがあります。それまで経験したことのないライン作業の工場でした。
正直慣れない環境で、しんどかったです。1か月という期間でなかったら、どうかなっちゃってたかもしれません。
工場で働く人ってすごいなと思いました。

調剤事務(パート)

就職の間口を広げるために、医療事務の勉強をしていました。
その勉強をしていたこともあってか、調剤薬局で採用をいただきました。
この時は1年ぐらい働いて、離婚が成立していたら地元に帰ろうと思っていました。
しかし、初めての仕事なのによりにもよってとても忙しい薬局だったため、
右も左もわからないまま あたふたするだけの日々。
詳しいことも聞く時間もないまま、私の精神力が持たなくなってしまいました。
あえなく1か月半で退職…。

このころ仕事探しをしながら、離婚調停→離婚裁判を並行して行っていました。

保育園給食

待機児童を減らすために、小規模保育園を市内にたくさん作っている時期でした。
小規模保育園の求人がたくさんありました。もちろん、保育士さんの募集のほうが数はあります。
が、私には保育士資格はありません。
でも、調理師の資格がありました。給食調理員として募集している園を探しました。
運よく面接をしていただいた園で採用をいただき、働き始めました。

働き始めてすぐに裁判にて離婚が成立しましたが、
この時にはすぐに地元に帰る』という気持ちは薄くなっていました。この時点で引っ越しから約2年。仲良くなった友達もできました。

遊びに行けばいいじゃん!

引っ越してきてから2年が過ぎ、仕事も順調で生活の土台がしっかりしてきたころ、『すぐに地元に帰りたい』という気持ちは、ほとんどなくなりました。現実的に考えると、難しいですもんね。
新しく住む場所を探して、仕事を探して、保育園を探して…。無理です。今いる地で暮らすことを選びました。
もちろん、親兄弟などの協力者がいる人は可能だと思います。でも私にはそんな協力者はいません。
今いる地で暮らすことが最善と判断しました。

そのかわり、時々遊びに行けばいいじゃん!
ただ、自動車で3時間はかかります…。新幹線だと、お金がかかります…。気軽には行けない距離ですが…。

でもいつかは戻れるといいな

いつか、子どもたちがおとなになってある程度落ち着いたとき、私がまだ『地元に帰りたい』と思っていたら、その時は帰りたいと思います。
だけど、それもあと何年先か…。その日が来るまで、今いる地で子供たちの成長を見守りたいと思います。


【おわりに】

私のケースでは、元夫がいたころから母子家庭とはとんどかわらない生活をしていました。
夫はいる。だけど本当にいるだけ。仕事も、家事も、育児も…何もしない夫。
だけど、いれば生活費はかかる。お金がかかる。維持費が半端じゃない!

仕事も、家事も、育児もすべてを行っていたので離婚には、維持費のかかる夫を切り離すメリットしかありませんでした。
子ども2人を育てていかなくてはいけないという責任を背負う覚悟もできていました。

金銭的なことなど不安はないわけではありません。
ですが、これは私の性格なのか『何とかなる』と思っています。
困ったことがあれば、母子会の人同じ境遇の友達の手も借りられます。(お金のことは無理ですけどね…(-_-;))行政で取り組んでいる母子家庭支援なども頼りになりますよ。
(地域によっていろいろあると思います。)

利用できる制度はぜひ利用しましょう!

あと、1人でも何でも話せる友人(ママ友)ができるととても心強いものがあります。
www.metarumama.work
子どもの保育園、学校関係からそんな友人を見つけることもできます。
行事など、積極的に参加するのもよいかもしれませんね。